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推理小説『扉は閉ざされたまま』 石持浅海 [小説]

2005年に刊行された石持浅海さんの作品です。文庫化は2008年。
(※若干のネタバレあり注意)

大学同窓会で七人の旧友が館に集まった。“あそこなら完璧な密室をつくることができる……”伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害、外部からは入室できないよう現場を閉ざした。自殺説も浮上し、犯行は成功したかにみえた。しかし、碓氷優佳だけは疑問を抱く。開かない扉を前に、息詰まる頭脳戦が始まった……。

この作品は犯人と犯行の手順が序盤で明らかにされている、いわゆる倒錯もののミステリーです。完全犯罪を目論んだ犯人・伏見はなぜ仲の良かった後輩を殺害しようと思い立ったのか、そしてなぜ「扉は閉ざされたまま」なのか。伏せられている犯人の動機と、かつて想いを寄せていた後輩の妹・碓氷優佳への複雑な感情と緊迫感溢れる頭脳戦に惹きこまれていきました。
久々の同窓会でテンションの上がる一同は、夕食の時間になっても部屋から出てこない新山を訝しみますが、伏見の巧みな誘導に乗せられ事態は伏見の思い通りに進むはずでした。しかし、後輩の妹でありただ1人同窓生ではない優佳だけは伏見の発言と現状に疑問を抱いていきます。扉には鍵がかかっており、どんなに呼んでも扉を激しく叩いても反応のない新山に、時間が経つにつれて「いくらなんでもおかしい、扉をこじ開けて様子を伺った方がいい」と主張する一同に対し、一見正論と思える主張を展開し扉を開ける事を阻止しようとする伏見、そんな彼に不審を抱く優佳。なぜ伏見は密室を維持しようとするのか。単に事故に見せかけたいなら頑なに密室を維持し続ける必要はないはずで、優佳の追及と次第に追い詰められていく伏見の心理に緊張感が高まります。
なぜ密室を維持し続けたのか。不明なままだった動機が明らかになると腑に落ちるのですが、その動機は伏見の歪んだ正義感によるもので、殺人を犯すほどの動機になり得るのか、というのは疑問です。この仕掛けありきの動機なのだろうと感じました。そう割り切って読めば面白い仕掛けだと思います。
そして、探偵役の碓氷優佳。同窓生ではないというのもあってか、ちょっと浮いた存在のように感じました。冷静で頭脳明晰、感情的になる事はほとんどなく、本人の「私は冷たい人間」という言葉通り、あまり人間味が感じられません。同じく冷静で頭脳明晰な伏見とのやり取りでは緊迫感のあるシーンになるのですが、他のメンバーといる時は彼女だけCGでアフレコされたシーンを観ているような違和感を抱きました。
かつては密かに想いを寄せていた2人ですが、優佳の本質を見てしまった伏見は距離を置いてしまいます。そんな伏見を追い詰めていく彼女は、謎を暴いてどうしたいのか。驚きの彼女の選択は、伏見と優佳の暗澹たる未来が示されているように感じました。続編にあたる作品が刊行されているそうなのでそちらも読んでみたいです。これは一種のメリーバッドエンドといえるような気がします。

文庫版には、伏見が殺人を決意した経緯が書かれた番外編が付属しています。それを読んでもいまいち共感は出来かねる動機だと感じました。とはいえ、曲がった事が嫌いで潔癖な伏見の人物像がより強調されているので、読んでみて損は無いと思います。

腑に落ちない点もありますが、一気に引きこまれる緊迫感に癖のある登場人物はやみつきになりそうです。


扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)

扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)




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小説『火花』又吉直樹 [小説]

言わずと知れた芥川賞受賞作、ピース又吉さんによる作品です。

お笑い芸人二人。奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。彼らの人生はどう変転していくのか。

多少回りくどい表現や時間の経過が解りづらい点はありますが、全体的には丁寧に書かれていてすんなり読み終えました。
物語は主人公・徳永の語りで進みます。華やかな芸能界の底辺の方で生きる中で、孤独感や劣等感と戦いながら必死に売れようとあがく姿が淡々とした口調で語られていき、彼らの「面白いと言われたい」という想い
の切実さが伝わってきます。
彼らが語るお笑い論は、若さ故か売れない立場からか、理想論のような青臭さを感じたりもしますが、そういうところも人間味があって惹かれました。
生真面目で良くも悪くも常識人な徳永に対し、破天荒で型破りな神谷。神谷は笑いを取る事、面白いと言われる事が生きる全てで、世間体や常識などといった事には無頓着で、良く言えば不器用な、悪く言えばアウロトーな人物です。徳永は神谷の破天荒さを「天才」と評しますが、世間には神谷の笑いは全く受け入れられず、徳永のコンビ「スパークス」が少しずつでも名を知られていく中、多額の借金まで抱え転落していく神谷を徳永は悲しみまた憐れんでもいるように見えます。自分には無いものを持っている神谷への「神谷には、天才芸人にはこうあってほしい」という願いも含まれているのでしょう。
綺麗事や理想論、劣等感や孤独感を抱えながら、芸人という特殊な職業で生きている人が笑いを突き詰めていく、そこには正解はありません。正解が作品の中で提示されているなら、彼らはもっと華やかな道を歩いていた事でしょう。
ドラマチックな展開や鮮やかな結末はありませんが、承認欲求、孤独や劣等感との戦い、どんな人にも当てはまる普遍的なテーマに惹きつけられました。
花火大会のシーンから始まり幕引きも花火大会、彼らの人生は花火のような華やかさはないけれど、火花のような鮮烈さを持っているのだと感じました。



火花

火花




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小説 『疾風ロンド』 東野圭吾 [小説]

東野圭吾さんの文庫書下ろし作品です。

強力な生物兵器を雪山に埋めた。雪が解け、気温が上昇すれば散乱する仕組みだ。場所を知りたければ3億円を支払え――そう脅迫してきた犯人が事故死してしまった。上司から生物兵器の回収を命じられた研究員は、息子と共に、とあるスキー場に向かった。頼みの綱は目印のテディベア。だが予想外の出来事が、次々と彼等を襲う。

同じく実業之日本社から出版された『白銀ジャック』の続編となっていますが、こちら単体で読んでも十分楽しめます。

悪質な犯罪を企んだ犯人はあっさりと舞台から退場し、雪山に残されてしまった生物兵器を取り戻すべく雪山に向かう研究員・栗林。上司は「こういうのってどこにでもいそうだな」と思わせる口先だけの無責任な上司。そんな無責任上司に逆らう事も出来ず、栗林はスノーボードにハマっている中学生の息子・秀人の協力を得て現場の雪山をどうにか探し当てるのですが、この栗林氏、何ともうだつの上がらない人物でとても物語を動かしていける勢いはありません。そこで登場するのが『白銀ジャック』にも登場したパトロール隊員・根津とスノーボードプレイヤーの千晶の2人。へっぽこな腕前で雪山の立ち入り禁止区域へ何度も入っていく栗林を訝しむ根津。そして怪我を負い動けなくなってしまった栗林は事情をある程度説明し根津に助けを求め、ここから物語がスピードアップしていきます。
生物兵器を横取りしようと企む人物の暗躍や、手繰り寄せた手掛かりが突然ぷつんと失われ、また新たな方向から降ってくる手がかりを追って奔走する根津と千晶に、ページをめくる手にも力が入ります。ミステリーというよりはサスペンスアクションに寄った構成ですが、登場人物達の熱い想いに突き動かされるように読み進められました。
そして、スキー合宿に来ていた地元の中学生達の一人・郁美に想いを寄せた秀人、彼女達の物語も胸を打たれます。親子関係をめぐる彼女達の物語は、秀人の終盤の行動に影響を与えたのではないかと思います。
ラストはにやりとさせられる展開で、「科学を犯罪に悪用する事は許さない」という東野さんの想いを感じました。


疾風ロンド (実業之日本社文庫)

疾風ロンド (実業之日本社文庫)




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小説 『クラスルーム』 折原一 [小説]

昨年文庫版が刊行された折原一さんのミステリーです。

10年ぶりのクラス会の案内状を受けとった栗橋北中3年B組のメンバーたち。当時、竹刀を手にした教師の恫喝に教室は支配されていた。夏休み、クラス委員と番長が手を結び、暴力教師をとっちめようと企てた夜があった。それを思い起こさせる夜の教室でのクラス会。しかも幹事の名は誰も知らない人物の名が記されていた。そして当の元教師にも案内状が送られていた。誰が何を企てているのか。すべては、クラス会の夜に明かされる。

初めて読む折原一さんでした。
意味深なプロローグ、10年前の回想と登場人物達の現在が交錯しながら進んでいく様に惹きつけられていきました。
10年前の暴力教師に支配された教室の緊迫感、クラス委員と番長達が企てた肝試しの謎めいた結末。そして現在、正体不明のクラス会幹事の暗躍と、その正体を暴こうと結集した当時の肝試しメンバーのやり取りが一人称視点で描かれ、謎の解明に近づいていきます。10年の時を経てもあまり変わらない彼らの関係性がリアルです。肝試しの夜、一体何があったのか。10年経った今、誰もその名を知らない「長谷川達彦」を名乗る人物は何をしようとしているのか。廃校となった校舎を舞台に真相に近づく後半は臨場感満点でページを繰る手が止まりませんでした。
とはいえ、プロローグに現れた人物を思い返すとおおよその見当は付くのですが、それでも少しずつ真相に近づいていく彼らの姿に惹きこまれました。
不運な運命を辿った人物、哀れとしか言いようのない末路、罪のない罪、様々な偶然や思惑が引き起こした悲劇が繋がった瞬間、その不憫さに胸が痛みました。

ジュブナイルという事で読みやすく、誰しもが体験したであろう時代の苦しくも懐かしい雰囲気に惹かれました。
折原さんの他の作品も読んでみたいと思います。


クラスルーム (講談社文庫)

クラスルーム (講談社文庫)




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小説『ガリレオの苦悩』 東野圭吾 [小説]

2011年に発売された東野さんのガリレオシリーズ短編連作です。
内海刑事も登場し、物語に彩を沿えています。

“悪魔の手”と名のる人物から、警視庁に送りつけられた怪文書。そこには、連続殺人の犯行予告と、帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた。湯川を標的とする犯人の狙いは何か?常識を超えた恐るべき殺人方法とは?邪悪な犯罪者と天才物理学者の対決を圧倒的スケールで描く、大人気シリーズ第四弾。

作品内の時間としては、長編『容疑者Xの献身』のすぐ後になります。「もう警察には協力しない」と言った湯川ですが、親友・草薙刑事の紹介を受けて来たという内海刑事に興味を持ち、再び捜査に協力するようになります。
内海刑事はドラマ版とは性格が違っていて、私は小説版の彼女の方が好きです。自分が女であることを嘆く姿を湯川に皮肉られはっとするシーンや、女性視点での物事の捉え方などがリアルで、草薙刑事とはまた違った名コンビ振りを今後も見られそうです。
「科学を殺人に使う人間の事は許せない」そんな正に科学者の信念の下、不可解な現象を解きながら事件に当たる湯川の姿に、これまでの作品よりも強い人間臭さを感じました。科学者としての信念は揺らいでいませんが、断罪するだけでなく、切羽詰った状況で殺人にいたるまで追い詰められた犯人には救いを差し延べる温かさが見られます。湯川の恩師が事件に関係していると察した彼の心の痛み、恩師を取り巻く複雑な人間関係、真相を暴いた後の湯川の台詞に、彼の苦悩が滲み出ていて胸を打たれました。
また、大切な人が事件に関わっているかもしれないと苦悩し、非科学的といわれている方法で真相に近付こうとする少女に背中をそれとなく押してあげる真摯な優しさも見られます。
前作で親友・石神が起こした事件が彼の心境に少しの変化をもたらしたように思いました。

ガリレオシリーズはやはり短編の方が、事件発生から登場人物達のやり取り、真相解明までの流れに緊迫感がありテンポも良くて面白いと思います。
東野さん自身の作風も、初期のトリックを重視したミステリーから人間ドラマを描く方向へ変わっている事もあり、天才・湯川学の人間的な温かさや、事件を起こさざるを得なかった加害者の背景とそれを見た湯川の想い、揺るがない信念と現実の間で苦悩する湯川、彼を取り巻く人々との繋がり、今後も魅力的なドラマを展開してくれそうです。




ガリレオの苦悩 (文春文庫)

ガリレオの苦悩 (文春文庫)




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小説 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 村上春樹 [小説]

長い間放置状態の当ブログでしたが、生活環境が変わり再び自分の時間が取れるようになりましたので更新を再開します。
マイペースで更新していきますのでよろしくお願い致しますm(_ _)m

更新再開一発目は、先日発売されたばかりの村上春樹さんの新作です。
若干のネタバレを含みますのでご注意下さい。

良いニュースと悪いニュースがある。
多崎つくるにとって駅をつくる事は、心を世界につなぎとめておくための営みだった。
あるポイントまでは……。
(作品紹介より)

全体的に読みやすくすんなりと作品世界に入っていけます。独特の奇想天外さや大掛かりな仕掛けはなりを潜め、主人公の現実が着実に描かれていて、彼の喪失と孤独、再生への巡礼に伴う痛みをひりひりと感じました。
二十歳の時に突然訪れた一方的で理不尽な別離。ずっと続くと思われていた完全で親密な関係が突然断ち切られ、絶望と孤独から死を願った日々。そこからとりあえず立ち直り、以来他人と深く関わる事を避けてきた彼は、自分を「色彩が無い」「空っぽだ」と評しています。けれど本当に彼は色も中身も無い人間なのか? 鉄道会社に努め子どもの頃の夢だった駅舎の設計に携わり、信頼の高い仕事ぶりを見せる彼が空っぽなんかではないと感じます。彼はただ、真相を知り受け入れる事、言い換えれば中身を入れる事が怖かったのだろうと思います。
36歳になった彼は、恋人からの強い勧めで過去の真相を知るため動き始めます。真相を知り過去を受け入れるための巡礼は、彼にとって過酷な真実を突きつけます。
一心同体であるかのように完全に調和した5人の親友達。男3人と女2人、それは危ういバランスで保たれていたものでした。主人公が理不尽に切り離された真相は、重い現実と親友達のうち1人の不可解な死という更なる喪失を含んでいて、人は他人と完璧に調和し続ける事を許されていないのかもしれないと思いました。
この巡礼で一通りの真相を知り新たな喪失と混乱や傷を負っても、目の前に続く現実を生き続けなくてはいけない。そして彼の前には恋人がいて、巡礼の後一層強く彼女を求めるようになります。他人との関わりを避けてきた彼が共に生きたいと願い欲する恋人ですが、そこにも喪失への現実的な不安が存在します。彼は恋人を失わずに済んだのか、どんな未来があるのか、描かれる事無く物語は幕を閉じます。けれど過去を知り受け入れるための旅をした彼の未来には、微かな希望が見えるように感じました。

謎のままの出来事も多いです。
大学時代、かつての親友以外に始めて心を開いた年下の友人にまつわるエピソードは一体どんな意味があったのでしょう。静かに主人公の人生から消えていった彼の存在意義と、彼が主人公に語った奇妙な話。死が絡む彼の話、また物語中に語られた「多指症」と呼ばれる6本指についての言及も絡めて色んな考察が出来そうです。断ち切られた親友5人組。新たな1人の友人。6本目の指。『巡礼』のレコードを残し消えた友人。「5本でちょうどいい」という台詞はちょっと意味深に響きます。
読み返す度に新たな発見があり考えを巡らせ、一度の読了では読み取りきれない深さもこの作品、ひいては村上春樹作品の魅力だと思います。

この作品は主人公の巡礼=再生の物語であり、彼の再生はまだ完了していないのだと思います。だから村上さんは彼をここまで導き、「後は自分でいきなさい」と手を放したのではないでしょうか。誰も生き方を最後まで教えてはくれません。
「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ。」
ラストの主人公の言葉が印象的でした。

村上さんの独特な表現や人物描写、各作品によく取り込まれるモチーフ等など、読み手を選ぶ要素を含んではいますが、静かに澄んでいながらも底知れない力を持っています。ずっと手元に置いて読み返したい作品です。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/04/12
  • メディア: 単行本



追記は管理人の近況です。
興味のある方はどうぞ。



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小説『夢幻界 オンディーヌ』 児島冬樹 [小説]

1987年に出版されたSFファンタジーです。

オンディーヌが眠りから覚めたとき、世界は今までとは明らかに違っていた。そしてオンディーヌは人間の姿ではなかった。一体、これは…?
何もかもオンディーヌを満足させてくれる世界であった。優しいラモンがいつも側にいて過ごす日々は幸せだった。
そんなある日、ラモンから意外な事を告白される。この世界は何のために創られたものなのか?
オンディーヌは本当の自分を求めて旅に出るのだが…。
ファンタジックなSFの世界と奇想天外な結未。

情景描写が巧みで美しい風景が脳裏に浮かんできます。
咲き乱れる花、澄んだ湖、その中を伝説上の生物が跋扈する様子はまるで絵画のようです。
オンディーヌ自身も上半身は美しい女性の姿で背中には白い翼、下半身は毛並みの綺麗な金色の馬、そして彼女を一途に守るラモンもまた雄々しい体格と美しい容姿を持つケンタウロス。ファンタジックな世界で、強く美しい2人の冒険に満ちた物語前半は読んでいて同じ冒険をしているようでわくわくさせられます。
「好きな所へ行って、好きな事をすればいい。」そう言われたオンディーヌは思うままに駆け、この世界を楽しみます。少々奔放すぎるのではないかと思うくらいに。好き勝手に振る舞っていざとなるとラモンを頼り、頼られたラモンは危険を顧みずオンディーヌを守り救おうとする、まるで子どものお守のようにも見えました。
そして、ラモンによってこの世界が作られた目的がオンディーヌ(と読者)に少しずつ明らかにされると、物語の流れが変わってきます。
最初に目覚めたオンディーヌが、真っ先に自分の容姿を気にした辺りから元の世界でのオンディーヌの性格が垣間見えていた気がしました。
この惑星はオンディーヌをを一方的に愛するラモンによって作られたもの。元の記憶は失われ、身体も改造され、美しい景色もスリルに満ちた冒険も、全て作り物。それを聞いてショックを受けラモンへの猜疑心を抱くオンディーヌですが、終盤で明らかになる真実はもっと深刻でした。
ラモンともう1人、飛竜の姿でオンディーヌ達を見守っていた男は元の世界でオンディーヌを巡って争っていました。飛竜となっている男がオンディーヌの心を得たのですが、オンディーヌの心はすぐさま別の男に向き始める……。常に自分を巡って男達を争わせようとするオンディーヌの悪女っぷりがラモンによって語られると、オンディーヌは猛反発します。オンディーヌの性質を改善するためと、彼女の心を自分に向かせたい、そんな一心でこの惑星を改造し、この世界を作り上げたと言うラモン。全てはラモンの言葉だけで、「一方的に信じろと言われても無理だ。」と彼女は主張するのですが、前半の冒険での彼女の奔放で自分本位な行動と発言を見ているので、ラモンの話は真実なのだろうと思えました。そしてラモンのオンディーヌを求め信じてほしいという想いが胸に刺さってきます。オンディーヌの性質は変わらないだろうと思えるのですが、そんな彼女が変わる可能性と自分に振り向かせたいというありったけの想いを込めてこの惑星を作り上げ、目覚めたオンディーヌの傍で守り続けたラモンの愚かなまでの一途な愛情が悲しいです。
ラモンの言葉に反発するオンディーヌは自分の記憶と元の身体を取り戻そうと旅に出ます。
元の身体が保存されている施設で、ラモンへの嫌悪感をはっきりと顕わにするオンディーヌ、そしてラモンが取った行動は悲しい結末を迎えてしまいました。残されたオンディーヌがもらした言葉がまた彼女の冷酷さを浮かび上がらせています。

誰かを愛する事は、時に人をとても残酷にさせる側面もあるのかもしれないと感じます。




夢幻界―オンディーヌ (角川文庫)

夢幻界―オンディーヌ (角川文庫)




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小説『人質カノン』 宮部みゆき [小説]

'01年に出版された宮部みゆきさんの短編集です。

「動くな」。終電帰りに寄ったコンビニで遭遇したピストル強盗は、尻ポケットから赤ちゃんの玩具、ガラガラを落として去った。事件の背後に都会人の孤独な人間模様を浮かび上がらせた表題作、タクシーの女性ドライバーが遠大な殺人計画を語る「十年計画」など、街の片隅、日常に潜むよりすぐりのミステリー七篇を収録。

七つの短編どれもがとても深く読み応えがありました。
生きる気力を失った人々、単調な日々を漫然と過ごす人々、そんな人達に生きる活力を与えてくれます。
中でもお気に入りなのが『八月の雪』です。
いじめを苦に自殺したクラスメイト、そしていじめグループの連中は何の罪にも問われずのうのうと生きている。その事に憤りや後悔を感じていた充は、ある日いじめグループの暴言に反論、逆ギレした彼らから逃げトラックにはねられてしまいます。片足と同時に生きる気力も失い、学校に通うのを止め引きこもりになった充の「こんな理不尽で不公平な世の中で、立ち直って生きていく価値があるのか教えてほしい。」といった旨の言葉に心が痛みました。もしも同じ事を問い掛けられたら、きっと言葉に詰まってしまうでしょう。
そうして殻に篭もってしまった充は、亡くなったばかりの祖父の文箱から遺書のような手紙の存在を知ります。死を覚悟した祖父が、その後の人生をどう生きてきたのか。両親に尋ねても「戦時中のものじゃないか?」というくらいしかわからず、興味を覚えた充は年賀状を頼りに祖父の友人の連絡先を探します。家族以外とは話す事も無かった充が、見ず知らずの人に電話をかけ知りたい事を手繰り寄せていく姿は、捨て鉢で抜け殻のようだった彼が確実に変わっていく様を見せてくれます。
ようやく辿り着いた祖父の過去は、まだ中学生の充には理解の難しい出来事でした。それでも、当時の祖父をよく知る柴田老人から聴いた話は充の心を動かします。一通り当時の事を語り「懐かしいなぁ」と言った柴田老人。そして若干二十歳で、それまでの価値観がひっくり返されるような事を、死を覚悟せざるを得ない辛く恐ろしい状況を経験し、それでもその後の60数年を生きてきた祖父は何を思っていたのか。祖父が元気な時でもあまり言葉を交わさなかった充は、その後ずっと考えを巡らせます。そして祖父が体験した事を知りたい、知らなくちゃいけないと決意し、それが死を覚悟するまで追い詰められても、立ち上がって生きていく事の意味を見出す事に繋がると感じます。理不尽な目に遭いずっと捨て鉢でふてくされていた充が、わずかでも生きていく希望を見つけようとする姿に胸を打たれました。

どの作品も、失望し生きる事に疲れている人達を無責任に応援するのではなく、自発的に生きる活力を得る手助けをしてくれるような、宮部さんの温かく力強いエールを感じました。
お勧めの作品です。


人質カノン (文春文庫)

人質カノン (文春文庫)




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海外SF『夏への扉』ロバート・A・ハイライン [小説]

1950年代に書かれたタイムトラベル物のSF作品です。
今年春に演劇集団キャラメルボックスで舞台化されました。

ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。
1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。そんな時、「冷凍睡眠保険」のネオンサインにひきよせられて……。

主人公のダンは発想力豊かで頭の回転も早いのに、世間知らずで人を疑う事をしない人物です。それが仇となって親友のマイルズ婚約を交わしたベルの2人に裏切られ、発明品を奪われるわ会社からは追い出されるわ手酷い裏切りに遭ってしまいます。2人の裏切りは周到に準備されていて、弁護士であるマイルズと根っからの悪女ベルの悪知恵を前に、真っ当な手段では2人の悪事を証明する事ができません。
ダンがもう少し注意深かったら、とじれったくもなるのですが、一度信じた相手を疑わないお人好しな性格が彼の魅力なのだと思います。
自暴自棄になり、冷凍睡眠で現実逃避に走ろうとした酒浸りの日々から一転、生きる希望を取り戻したダンは2人の下へ乗り込み追及するのですが、罠に嵌められ冷凍睡眠場へ送られてしまいます。ここでも周到で迅速なベルの悪どい手際にある意味感嘆させられました。
ダンが目覚めたのは西暦2000年、元いた時代から30年も経った未来でした。ダンは途方に暮れながらも、生きるために奮戦します。職を得て住居を確保し、2000年の社会情勢を知るべく図書館へ通ったり新聞を読み漁り、また技術者としての遅れを取り戻すための勉強も始めます。
愛猫ピートも失い1人ぼっちで、財産も無くしてしまったダンの心を支えたのは、マイルズの義理の娘でダンを慕っていた少女・リッキーの存在でした。大人になったリッキーの消息を追うダンは、継母になったであろうベルによってリッキーが辛い思いをしていないだろうか、今頃は結婚して幸せにしているのだろうかと様々に想いを寄せます。「たとえ誰かと結婚していても、クリスマスカードのやり取りをするくらい構わないだろう?」という旨の言葉に、ダンの純情さをより一層感じました。
また未来で再会したベルはすっかり落ちぶれていて、ダンから奪ったはずの会社もロボットも、財産も無くしプライドだけを手に酒と薬に浸る日々を送るベル。悪人には相応の未来があると知らしめてくれます。
そして2000年のロサンゼルスに自分が開発したロボットが広く普及している事、そして、自分の頭の中にしかなかった製図ロボットが、自分の考えた通りに開発されている事を知ります。しかもそのロボットの特許権を持つのは、自分とそっくりな名前の「D.B.ディヴィス」という人物。こいつを作ったのは一体誰なのか? それを探る過程の中でダンは同僚からタイムマシンの存在を聞かされます。軍事機密とされるタイムマシンの話を無理矢理聞きだし、ダンはマシンを開発したトゥィッチェル教授の下へ向かいます。ダンは教授に上手く取り入り、時に彼を賞賛し時に挑発し、まんまとタイムマシンを起動させ元の時代に戻る事に成功しました。その知恵をどうしてマイルズ達には働かせられなかったんだとちらっと思いましたが、信じていた人物と利用しようとして近付いた人物では無理もない事ですね。

ここまで、謎と伏線を散りばめながら進んできた物語が一気に動き出し、全てを失ったダンの逆転劇が始まります。
もっと先の未来へ行ってしまう可能性もあったのに無事に元の時代へ戻る事ができ、「未来から来た」というダンを信用し力を貸してくれるサットン弁護士夫妻との出会い。いささか出来すぎてる感もありますが、ダンの人柄やこれまでの不遇とその後の奔走ぶりを見てきているので、すんなり状況を受け入れダンを応援したくなります。
それまでの謎だった事柄を整える為にまた奔走するダン。全ての準備を整えた彼はリッキーとある約束を交わし、今度はピートと共に30年間の冷凍睡眠に入ります。もう一度目を覚ました30年後の世界で手にしたのは、これまでの苦労が全て報われる幸せな生活。厳しい冬を乗り越え「夏への扉」を見つけた彼の充実したその後の生活に心温まりました。

「なんどひとにだまされようとも、なんど痛い目をみようとも、結局は人間を信用しなければなにもできないではないか。まったく人間を信用しないでなにかをやるとすれば、山の中の洞窟にでも住んで眠る時にも片目を開けていなければならなくなる。いずれにしろ、絶対安全な方法などというものはないのだ。」
(本文より抜粋)
ダンが1人ぼっちの未来で絶望しなかったのも、困難を乗り越え幸運を掴み取ったのも、人を信用するというごくシンプルでありながら非常に難しい信念をダンが貫いていたからだと思います。
人を信じる事、希望を失わず実現に向けて努力する事、生きていく上で大切な事を教えてもらえました。

複雑に入り組んだプロットと全ての伏線が収束していく様、そしてダンの爽快な逆転劇、希望を持って未来に進む力をくれるお勧めの作品です。


夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: ロバート・A. ハインライン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/01/30
  • メディア: 新書



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小説『ある閉ざされた雪の山荘で』 東野圭吾 [小説]

'92年に発表された東野圭吾さんの作品です。文庫化は'96年。

早春の乗鞍高原のペンションに集まったのは、オーディションに合格した男女7名。これから舞台稽古が始まる。豪雪に襲われ孤立した山荘での殺人劇だ。だが、1人また1人と現実に仲間が消えていくにつれ、彼らの間に疑惑が生まれた。はたしてこれは本当に芝居なのか?驚愕の終幕が読者を待っている!

タイトルからして直球のクローズド・サークルミステリーですがそこは東野さん、安直な孤島物では終わりません。
凄腕で偏屈な演出家の指示によって、豪雪で山荘に閉じ込められたという設定が作られ、外部と連絡を取ると合格が取り消されるという事態に、役者の卵達は必然的に閉ざされた雪の山荘という状況に置かれる事になります。そして殺人劇の犠牲者となった者は稽古場である山荘からも姿を消していくのですが、稽古にしては不自然な状況が起こり、「これは本当に舞台の稽古なのか?」と役者達は次第に恐怖に陥れられていき、読み手も「これは稽古じゃなく現実の殺人なんじゃないか?」と疑いを抱くようになります。これは現実なのか虚構なのか? クローズド・サークル特有の緊迫感が増していく様にページをめくる手が止まりませんでした。
ストーリーは参加者の内の1人である久我和幸の視点と、客観的に状況を伝える三人称での描写で交互に展開されていくのですが、読み進めていく内にどんどん東野さんの策にはまっていきます。古典ミステリーをこよなく愛しながらも、そのお約束を打破する東野さんの手腕が光ります。
探偵役となる久我和幸、彼はオーディションに合格した7人の中で1人だけ違う劇団に所属している人物で、それ故に他の6名に対して仲間意識が無く、上から見下すような視点で語っています。自信家で我が強い彼の語りに多少苛立つのですが、他の6名と立場が異なる彼は探偵役として最適で、また緊迫感の増して行く展開の中で冷静な探偵役であろうとする彼の姿にだんだんひき込まれていきます。
そして明らかになる真相にはただただ驚きでした。ネタバレになるので書けませんが、ミステリーとして使い古されている「閉ざされて孤立した館」というシチュエーションの使い方と、作品に仕掛けられたトリックはお見事です。すっかり騙されてしまいましたが、悔しさよりも爽快感の方が断然大きいです。
事件の動機も生々しく人間味が溢れていて、愛と憎しみの深さ、そして芝居に懸ける彼らの強い情熱に心打たれました。
事件の中心人物である女性の言葉、そしてそれを聞いた久我の言動にもジーンとします。嫌味な性格として描かれた彼ですが、最後に見せた温かさに好感度上がりました。

作品に仕掛けられたトリックや、作中で語られるミステリーの「十戒」など、東野さんのミステリーへの愛情も感じられます。
緊迫感と愛憎渦巻く人間模様、驚きのトリック、そして爽やかな読後感のあるお勧めの作品です。




ある閉ざされた雪の山荘で (講談社文庫)

ある閉ざされた雪の山荘で (講談社文庫)




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